物理
~そのこころの捉え方
(「響き合うこと」)~
・物理~そのこころの捉え方(「響き合うこと」)~
この章では、文系や理系の学問分野で、考え方の基礎になっている”物理”について。その思考法を、こころの観点から捉え直すことで、これまで一般的で考えられている物理的な観方と、一つの「響き合う世界」を試みてみたいと思います。
この章を読んで頂くことで、理系の分野の"どだい"の物理学を通じて、理系 以外で、
文系の思想分野のこと、いろいろで、好き と思って頂けくことが出来て行く かなと、思っています。ちょっと
いろいろ ですが、
お読み頂ければ、幸いです。
<アウトライン>
ⅰ).序文(物理、この一つの観方のことでのイントロダクション)
ⅱ).これまでの物理的な観方と、「響き合うこと」、この概念の詳述
ⅲ).物理学の基礎での、このこころからみた考え、とこ の各論
ⅳ).まとめ(「響き合うこと」から生まれる、物理的な意味)
では、下述て行きたいと思います。
ⅰ).序文(物理、この観て行き方のイントロダクション)
今日、学問と言われることは、科学で記述されるよう要請されていると、考えられます。これは、理路整然な観方と言えると思われます。精神のみを見てしまうと、客観性が少ないと言われてしまうと、思われます。然態の、こと と考えられますが、様々の ことを感じつらくなって行くのではないかと、思われることなど考えられると思われます。ここでは、科学の"どだい"の、考え の物理を、然の心、いろいろ で、見直すことが出来ればと、
思っています。
学問(科学)で、"どだい"とされているのは、「(こころ)思う科学」と「物理学」、で、いろいろ ではないか と、思われます。
(これは”こころ”と”身体”という二つの観方があることに帰因すると考えられます。)心思う科学では、こころ、と考えられると、思われます。物理で、理路整然と考えられると、思われます。両者、深く理解されている方は、未を観られないと思われます。自身、これらの観方は、出来ていないことだったのですが、
ここで両者を考えた観方で、学問が理路整然で、かつ”生み出す可能の”ことで起ち顕れることが出来ることを
ご紹介、出来ればと思います。
この章で、一貫で語られること は、次です。
一)「響き合う」ということ(物理的”連携”(関係論))
二)「つないで行く」ということ(物理・物質的”生み出す”及び”持続”)
以下、この こと を主軸で、意味を観ていきたいと思います。
ⅱ).これまでの物理的な観方と、「響き合う世界」について、概念の詳述
今日まで語られて来ている物理的な観方は、だいたい、”力学的世界”と考えられると、思われます。これは、物事の行き方を底で捉えた時、観える”因果関係”を形式化されたことと思われます。この見方は、自ら確かめられたことよりできていて、納得できること と思われます。ここから同時に、局所的なこと・事物から、さまざまな事が並行で起き、これらを、いろいろ で感じ取り、対処する、”集約的かつ生み出す”ことを考えてみるとよいと、
思われます。
物理的な観方は、”近接”する物事の方向的の観方の時間軸でシミュレートしたことと、言えると、思われます。ここから、物理的の”近い”対象を考えることから、一つの対象の中にいくつ程の原因を見出すことや、事が起こった時、”遠い”場所、いろいろで 色々のことが起こっていると考える、
”こころと記憶”を持った、同時並行・感受(間)的な”生きた”こと・ものを考えるとよいと、思われます。
これらの様々の物理的な観方を捉えていく一枠だけ大きな枠組みで、”響き合う”という観方をコンセプトで観られると、様々の物理概念を見つけられるのではないか と、思っています。”響き合う”とは、近接したことから、多方面からの影響などを同時で、総出で考え、つないで行くという意味を持つ概念かな と、思われます。
いまの物理で、ニューロコンピューティング(脳機能のかたち(形)を考えたコンピュータ理論)や、量子力学の経路積分(自然な循り行く量子場時間空間受動集述態論)、量子エンタングルメント(物理的シンクロニシティ)等が存在することを考えられるのではないか と、思われます。
また、これらの”響き合う”ということを考えて進めていく時、考えることで、これを見出す手段となっている根底的概念の、「生み出す」と「持続(注)」という考えを併せ持つ”つないで行く”という観方が挙げられると考えられます。この”つないで行く”とは、対象系のなかの物質の生み出す・底から続き得る力を表すことが出来て、
”響き合う”ということを根底で生み出すこと の続けられることを意識の出来るための概念と考えられると、
思われます。時間や空間、物質とは、(いろいろ で) 体態 と 考えることから、絶えず生み出されることで、
”続く”こと の、”いのち”と変わりないこと と考えられるのではないか と思われます。このよう考えていくため、
”つないで行く”という、
「生み出す力」、「持続力」は必要な概念ではないかと、思われます。
(注:「持続」とは 哲学者ベルクソン(時間受命集捉場的把総授于出思想)の概念で つないで行くという意味を持つ
”持続”は、考えはじめで無理で持続するという、”力でされる”ということ と、思われるそうです。
”持続”は、いのち(時間)を生み、育んで行く、深い意味で、”おのずから”という言葉で表される
”内発.発出的な生み出す力の底より続く力(鼓動)”のこと と、言えるかな と、思われます。)
これらの、様々なことを記述するとき、様々の解釈的・感受命的な概念の下で形作られた物理的な観方を考えてみる と、よいかな と、思われます。このため”響き合う”、”つながって行く”という観方の枠組みで考えていくことで、様々の ことを形づくる条件を明確と、捉えて行くことが出来て行く のではないかと思われます。これは、哲学での議論 以外、これらの観方を採ることで、様々のことを捉えるためのことで明確化することで、物理的な観方を形づくっている様々の法則や、これらの可能の 出来た 思想(法則の射程範囲を決める観方)を考える科学の手法と、考えて頂けるのではないかと、思われます。
次の章で、これらの、考えの下で見られる物理的な観方と、この然様の こころ(心)(根底力の科学的想像力の思想)、いろいろ を観て行ければと思います。
ⅲ).物理学の”どだい”のことで、然様の心より、観る考え、とその各論
物理学の”どだい”の分野の枠組みは、次の5つの基本領域と分けられます。
①力学 ②波動 ③熱 ④光 ⑤電磁気
物理とは、系の質の下のことで、物事のやり取りを細やかに捉えた時に見出される質的なことで、この質を考えた時に見出される(事象の質の下のことで関する)観方と言えると、思われます。このため、これらの質は、上記の5つ で、だいたい、分けられると思われます。
これ以外、原子や素粒子という、物質の構造についての基本領域など考えられると思われますが、ここでは物理思想について対象系で、はじめの基本で見出されうる”質”の観方のお話を出来ればと思いますので、上記の5つの基本質領域で、話を進めて行ければと思います。
各論に行く前、物理学がなぜこのような5つの基本領域で分けられるか、またそれで十分なのかを考えてみたいと思います。物理学とは、いまの、現象の質の下で存在している物事の質を考えた、事象の質の下の事での観方と考えられると思われます。ここでは、「事物」、「関係」、「系」、「顕出化を形づくる条件」という4つの事柄を基で、理論が組み立てられると考えられます。各基本領域の思想範囲を記すと次の かたち で出来るのではないか と、思われます。
①力学(物事の”因果関係”を形づくる事象関係論)
②波動(物事が”伝わって行く”ということの土台を受けた、然様と了解する関係論)
③熱(”事”でのエネルギー顕出化論)
④光(世界の”然様の心”などを顕出することが出来る感受する想像力創出/事での顕出化論)
⑤電磁気(個々の物質の中の”様々の こと”を顕出することが出来る質の内密然事象/事での顕出論)
これら、物理現象は、”質”別で、思想領域を持ち、個態々々で区分すると分かりやすく捉えられると思います。
では、各論を観て行きたいと思います。
①力学(物事の”因果関係”を形づくる事象関係論)
力学では、前章でお話できたとおり、物事の行き方の因果関係を形づくる時、顕れてくることの中で、局所的なことから、並行で起きていてるまざまな事を総出で感じ取り対処する、同時並行・多感(間)的な”生きた”観方、いろいろ を考えると、よいと考えられます。このため、多解釈の物理的な観方を捉えて行く時、近接的な因果関係を捉えて、この連鎖を考えることから、”響き合う”という観方などを採ることで、多方面・多場面からの影響を
同時、総出で、捉えて行く、ひと枠大きな意味を持つ概念を考えて行くと、よいのかなと思われます。これらの
シンクロニシティを考えることができれば、例えば、気象(や量子物性など)のコンピュータシミュレーションで、いままで、考えられていない かたち の予想外の”つながって行く”考えから、結果で反映されるフラクタル
(内外の循り行く構造似)の”遠隔”的な効果、いろいろ を考えられると、思われます。力学とは、”響き合う”と
いう観方で、物事の、力学、いろいろ の
”因果関係”を形づくることで、様々な事象の関係を探っていく質領域と言えるかな と、思われます。

(「一粒の鉱物の中、自然の宇宙を見る、、、」ウィリアム・ブレイク)
②波動(物事が”伝わって行く”ということ の”どだい”を受けた、然様で了解する関係論)
波動とは、”伝わって行く”ということ の下で物理的な連関で、素地となっている物理と、
力学での”響き合う”関係とを、”どだい”での”意味と する”質領域と考えられるのではないかと思われます。
”伝わって行く”とは、生じたことが、ことを通じて(媒介で)届くことを意味すると考えられます。つまり、仲介物を通じ、たがい と気づいて考えて、了解する、”伝わって行く”ということを表していると考えられると
思われます。ここでは、その仲介役のことを生み、伝わって行く(持続する)という意味で、”つないで行く”
という、「生み出す」、「持続」の概念を考えると、よい と思われます。”伝わって行く”時、必ず媒介することが必要となって行くと思われますが、ここで、
場の中のことが動源からの情報を受動で、つながっていくと考える 他、仲介物でのことが、「生み出」されつつ、つながって行く「持続」力を使って”伝わって”行くと考えるとよいと思われます。つまり、場を形づくっている この下で、無数の媒介物 が生まれ、これが 、つないで行くということが”伝わって行く”ということ
と なって行くのではないかと思われます。
時間、空間、物質というのは、たがい より 気づいて、生み出されることで、これらを形づくられるなどの こと
かな と、思われます。これは、物理での宇宙論(時空等の概念)や(量子場などの)物理を見る時の、
ひとつ、活かすことができるかな と、思われます。最後、このような”伝わって行く”とういう意味づけを行う
”波動”の、「つないで行く(生み出す・持続)」、「響き合う」という質を”こころ”の面からも捉えることで、どう媒介物を”生み出す”ことのできるかということに身の着いて行くことで、技術で理解することが出来ればと
思います。(参考:デヴィッド・ボームの然様来量子場沿々時間空間場通体態理論)
波動の こころとは、送り手の持つその”こころ”の深さ、これを生み出す・持続することで伝えていく媒介物達の”集かな場の心”、受け手の”了解する心”ではないか と、思われます。このどれを欠いてはならない
こと かな と、思われます。
これらをわかりやすく体感・想像の出来ることで、「地球交響」という映画が映されています。この一つで、
グレッグ氏というサイクル競技の名手が、日本の社事での「地護摩」を参られた時の様子を撮られています。
ここでは、夜の暗闇の中、小さく燈された焚き火の前、仕人が護摩のための儀式を行う様子が描かれています。
暗闇に燈された火を前に、集けさの間の中に行われる儀式の隣で、グレッグ氏は集か と目を閉じたまま、暗闇の中の火を中心から、発せられる音・祝詞の様子を、集か と耳を傾けている。この、仕人の思いと、集か で、暗闇の持っている 場の心、
グレッグ氏の集やか と傾聴する心とが、映出されています。氏は、これらの体験を通じ、「様々の こと の
自然の中で”いのち”が宿る」と体感されたそうです。
この映画を、いろいろ、ご覧されると、この波動のこと の、こころとその力のことを、
ご理解いただけるのではないか と、思われます。
(注:「持続」とは、哲学者ベルクソン(時間受命集捉場的受総授于出思想)の概念で、つないで行くという意味の
”持続”は、考え初めで、無理で持続するという、”力でされるという考え”と、観られると、考えられます。
”持続”は、いのち(時)を生み、育む、深い意味で、”おのずから”という言葉での
”内発.発出的な生み出す場の力の 底より続く力(鼓動)”の こと かなと、思われます。)

③熱(”事”でのエネルギー顕出化論)
熱とは、場が持つ、深い心の情の下でつながってくることの性質と考えられると、思われます。これは、
場の”つながって行く”という概念で必要なこと と、思われます。この場のつながって行く力とは、
心を感じること、かな と、思われます。
これは、人の持つ情、以外、物理で、つないで行く時のエネルギー体としての”受出于根底力”を意味していると考えられます。このため、波動でお話した事を顕出化する場の受出于持続力とは、熱と同じ感じの、
エネルギー場ではないか と考えられます。つまり、
時間、空間、物質等は、エネルギー場であり、このため閉鎖開放系全体のエネルギーの内部の、落ち着くこと(”受集(自然と循り行く自抄于出然的受動の(受集)通体態)”のエネルギー、態体の熱的な煩雑さ の
深底然されて行くこととは、時間(命)や空間(可能な空間)を生み出すこと かな と、考えられます。これは時空概念で、新しい見方かな と、思われます。ここより、つながって行く動・植物達の環境学などで役立ってくれる
かな と、思われます。
熱とは、事を顕出化する時の、エネルギー場としての受出于根底力だったの かなと、考えられます。

④光(世界の”然様の心”を顕出の出来る感受などの想像力創出/事での顕出化論)
光とは、生きられた世界で、その”然様なこころ(心)”の顕出の出来る感受のことで、自然現象のことで、想像力を創出、場を顕出化する根底的なことを生む力と言えるのではないかと思われます。これは前文の”熱”と同じ感じの概念と考えられます。両者は、場を生む顕出化力を持つことで、熱は情、
光は然様の心で、自然界で質のことで対置されているのではないかと考えられます。

⑤電磁気(個々の物質の中の”様々の こと”を顕出することが出来る質の内密然事象/事での顕出論)
電于々沿とは、個々の物質の中で、深い然様な心を遣って見出される、自然界で内密の ことで物質の様々な顕出化力と表わすことが出来ると、思われます。それは、然様な心を遣い見つけられ、深くことを見つけ出すなどの時、顕出することではないかと思われます。
ここで、電于々沿とは、アシンメトリックで、様々の ことの然事象を顕出、”響き合う”様々のことを生んで行く
きっかけ(内蔵述受出于)となったと考えられます。このため、このアシンメトリックの様式のため、電于々沿は、”つながって行く”とき、特別な力を使って(作って)いると考えられます。この詳細は、まだ僕は謎ですが、
電于々沿という力の、”つないで行ぎ”生んで行く、底から続いて行く力・持続力、という事のキーを考えて進めていけば、このエネルギー場の通底(通体態)より、様々の物理・物質法則を紐解けて行く かなと、思っています。

ⅳ).まとめ(「響き合う世界」より生まれる、物理的な意味)
ここでは、上記でお話の出来たことをまとめ、最後、このような観方を考えていくための然様なこころ・技術力の 心についてお話することで、終わりと出来れば と、思います。
・力学とは、”響き合う”ことより、新しい”因果関係”を形づくる、事象関係についての質力学領域。
・波動とは、”伝わる”ことより「つないで行く」、「響き合う」という性質を探求する場を生む持続力
・熱とは、”つないで行く”ことより、物理的に場を形づくる、エネルギー体の生み出す根底力「鼓動」。
・光とは、つないで行く”然様なこころ”を顕出の出来る感受、いろいろ での自然現象の、根底的な場を生む力。
・電気とは、”響き合う”こと をつくる、個々の通体態で、深い然様の心、色々で見出される物質然状態顕出化力(”つないで行く力”「鼓動」)。
これらの、各物理基本領域は、”響き合う”ことで、”つないで行く”という場を生む根底持続力を見出すためのを探すため、見つけられた科学的質探究手法、いろいろ だったのではないかと、思われます。
これは、こと、生き物、人、様々なことが対話され、”響き合い”ながら暮らすこと の
想像する事だったの かなと、思われます。
”響き合う”、”つないで行く”という「鼓動」の観方を考え方の枠組みで考えることで、形づくる条件を明確的で、哲学的な議論なだけではなく、これら観方を採ることで、物理的な観方を見出すことで諸法則や、
これを可能とすることが出来た思想(法則の射程範囲を決める観方)を考え、物理的な観方や、
ちょっと新たな法則を見るのを、ちょっとですが、明確とすることができたの かな と、思っています。)
最後、これらの考え方の下で見られる物理的な観方の然様な心の、根底的な科学的想像力を、働かせ、技術力に転化する方法をお話、出来ればと思います。
当HPでは、座禅をすること のお勧めを説いています。座禅することを通じて、丹田(下腹部)の下で、こころを収底め、この意識の下で見出されることを、これを批判的に再検証・再探究することで、様々なことで見出される意味を見直すことができるのではないか と、思っています。
当HPで書かれてあるようなことを、自力で得たいと考えられている方は、次の本をご紹介、出来ればと思います。術法の関連の本なのですが「心を収底める 大事な場面で実力を120%発揮する方法」という本です。
ここで、座禅することを通じ、丹田(下腹部)をつかんで、意識を置くなど具体的な方法が記されてます。また様々なことの意識を手に入れる方法だけでなく、落ち着き健康な心を取り戻す時、どのことを
されると、よいのか、いろいろ の ことを語られています。当HPで ご興味のある方は、手を取られてみて下さい。
生きて行く力(「鼓動」など)を見つけていただけるのではないかと、思われます。
これらの観方を考えて行く、こころ、然様な心・技術力と なって行く考え方・捉え方をお話、出来たところで、このお話を終わりと出来れば と、思います。
